今年は伊能忠敬の没後二百年とのことで、新聞やテレビなど、いろいろなメディアで取り上げられています。

伊能忠敬は、家業から身を引き隠居した五十歳から測量を学び始め、日本地図を作製すべく日本中を旅しました。
遅咲きの人生といえば、必ず筆頭に上がります。

若い時から山登りやサイクリングをしていたので、地図には馴染みがあり、明治から昭和にかけての古地図集めもしていたことから、伊能忠敬の偉業は知っていましたし、その地図の精巧さには驚いていました。

50代になると、肩や腰の痛みも出て来て、視力もみるみる落ちてきます。
体力も落ちて、残業や当直業務もこたえます。
職場の病院では、同じくらいの年齢の患者さんが亡くなることも少なくありません。
いやがうえにも、次は自分かもという思いにかられます。
「まだ、やることがあるんだ。俺は死ねない。」いつも自分に言い聞かせていました。

ある程度、人生を俯瞰できるようになると、やり残したこと、まだまだやりたいことがたくさんあることに気づきます。
そうなると、伊能忠敬も地図作りとは別の視点から見るようになりました。

 

 

 

 

 

 

数年前になりますが、伊能忠敬ゆかりの場所の千葉県佐原に行く機会がありました。
家族を近くのカフェにおいて、一人で記念館をじっくり見て回りました。
本でしか見たことがなかった、本物の実測図や測量機器を見ながら「俺もやるぞ」と元気100倍。
気持ちを忘れないようにと、近くのお土産屋で竹製の孫の手を買いました。

その気持ちが、今の植物療法の仕事に繋がっているのは確かです。

偶然にも、今年の伊能忠敬没後二百年という節目の時期に、63歳の若竹千佐子さんが芥川賞を、80歳の上原正三さんが坪田譲治文学賞を受賞しました。
そのせいでしょうか。メディアでも、元気な高齢者の特集を良く見ます。
サラリーマンだったら定年と年金生活を考え始める50歳以降に、新しいことに挑戦し活躍している人たちは、たくさんいることを知りました。

・三浦雄一郎さん:史上最高齢でエベレスト登頂。
・綾小路きみまろさん:50歳で落語の師匠に弟子入り。
・和田京子さん:80歳で宅建の資格を取り、不動産会社を立ち上げた。
・東海林のり子さん:50過ぎてビジュアル系バンドに目覚める。
etc.

もう若くない私は、どんなに勇気づけられたことか。

中でも一番、勇気づけられたのは、ダイアモンド・ユカイさん。
レッド・ウォーリアーズのボーカルとして前から知っていましたが、タレントとしてトーク番組やバラエティーに出ているユカイさんを見て、年齢よりかなり若く見えるのには驚いていました。
そんな若々しいユカイさん、とあるコラム記事で書かれていました。
52歳でミュージカル「ミス・サイゴン」に魅せられ、ダンスの猛特訓をして1年後にオーディションを受けて、54歳で帝国劇場の舞台に立ったとのこと。

カッコイイ。本当にカッコイイです。
自分も、そんな生き方がしたい。心からそう思います。

名古屋大学教授の束村博子さんのコラムに、素敵な言葉がありました。
「思い立った”今”が、一番若いのだから。」